ひなぎく心理ルームでは臨床心理学の立場から、いろいろな心の「悩み」や「葛藤」、「違和感」などに対してお話を充分にお聴きし、共に見つめ、整理しながらカウンセリングを進めていきます。
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悩むことの尊さ

炊飯器のスイッチを入れれば、ご飯が炊け、洗濯機のボタンを押せば洗濯ができ、確実に、故障という事態の発生に遭遇する以外には、ほとんど想い通りになる、そのような物理的環境に暮らす私たちにとって、先の見えないことに煩わされる程、苦痛なことはありません。

なので、煩うことなく、困った状況を取り除くにはどうした良いかを、私たちは一生懸命模索します。

 

悩みながら、右往左往することは大変です。

不登校の状態を例にとってお伝えするなら、行くことを諦めてしまうなら一時的に葛藤はなくなります。

意味を持って、判断をして、休む選択をする。

そしてまた、変化を感じ取って、働きかけをして、思いを交換する。

変化に即して、後押しをする。

学年によっては、子どもさんによっては、変化を感じたときに、むしろ黙って見守る。

思いを聞き、受け入れる。

思いを聞き、思いを伝える。

 

このようにすればよいという決まった形があるわけではなく、その時の、その状況での、その親子の関わりの歴史の中での、適切な関わり、意義を持つ関わりがあることです。

総じて、悩みながら、子どもさんに係る親御さんの家族は、変化します。

それは驚きに値します。

感動します。

悩めるということは、時間の経過と相俟って変化を生み出してくれます。

それは、間違いないことです。

なので私は、悩むというこころの動きと共にある、精神活動を見守り後押しすることをしているように思います。

 

悩むことは苦しいけれど尊いと、こころから思います。

私は、悩めるこころに取り組むこと、またその人、また、専門家としての私を支える精神分析理論を信じています。

未だ、裏切られたことはありません。

おそらく、一生、裏切られることはありません。

なぜなら、悩むことの意義や精神分析理論(対象関係論)が示す意義を、私のこころの中で信じれている故です。

 

(笑)(笑)ちょっと、かっこよく書きすぎたかもですが。(笑)

でも、本当です。

「本当」は痛みを孕みますが、

私と出会う方たちが、毎日、答えを下さり疑いようがないのです。

 

お立ち寄りいただき、ありがとうございます。

| 不登校 | 18:17 | comments(0) | trackbacks(0)
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