ひなぎく心理ルームでは臨床心理学の立場から、いろいろな心の「悩み」や「葛藤」、「違和感」などに対してお話を充分にお聴きし、共に見つめ、整理しながらカウンセリングを進めていきます。
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ピアノコンサート 
 ちょうど一週間前、5月13日(月)の夜、京都コンサートホールで行われたピアノコンサートに行ってきました。

かねてから行ってみたいと思っていた、フジコ・ヘミングさんのコンサート。

新聞の広告を目にしすぐさま電話にてチケットをゲット。
京都・東京・軽井沢の3ヵ所でいづれも一回のみの講演です。

良かったのは言うまでもありません。

バッハのカンタータに始まり、シューマン、ショパン、リストと続き、ラ・カンパネラが最終です。

それはそれは不思議な体験でもありました。

カンタータで、私の心はすでにその語りの凄さに圧倒されかけ、これは・・・・と、感動以外のなにものでもないのですが、終わってみれば私の心も半ば仕事モードをいれざるを得なかったのだろうとの感想を待たざるを得ませんでした。

それはあまりの痛さゆえです。

語るのです。それはそれは語るのです。
そしてその語りは悲しみ、苦しみ、怒り、慈しみ、憎しみ、情愛、それはそれは力を持って、エネルギーを持って。 しかし、音の中に力強くあるその音が、確かに私の耳に届き感動を与えているのに、それはまるで夢の中なのです。

私が音をとおしてその語りを聴くモードに入ってしまったがゆえの事なのだと思いますが、フジコさんは現実に生きているというよりは音の中に生きておられるから、私も一緒に音の中で揺れた感じなのです。
それはまるで、フジコさんのご自宅で演奏されているその背後で、そうか、そっか、とうなづきながら聞いているような。

人に聞かせるとか、聞かせようとか、そんなことではなくていつものように、いつもそうであるように今日もこうである私なのですよと。
フジコさんはただそういっているような。
このことはすごいことだと思います。このような状態で生きることもまたすごいことだと思います。

この日、コンサートに行くという事を言っていた方に次の日も合う事があり、感想を聞かれたのですが、もうすっかり忘れていたほどでした。
私は改めて、あ〜やっぱり夢を見たんだと思ったほどです。

つまり、私が夢見心地になってる世界はフジコさんが生きておられる世界ではないだろうか?というのが私の結論です。


しかしその演奏はすごかったです。


そこには、フジコ・ヘミングさんの人生がありました。


演奏後、関係者の方が壇上に上がられ、お前らは明日死ぬんだそ!!感動を持って死ね!!と叫ばれました。

あ〜、この方が現実の世界でフジコさんの感情の一部を表現されているのかなと、思わずにはいれませんでした。

 
私はどこで生きているか?

どこでもっとも生きているのだろう?

あらためてそんなことをおもいました。



また御縁があったらフジコさんの音の中の現実を通して、私の夢を一緒に漂わせたいと思います。






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