ひなぎく心理ルームでは臨床心理学の立場から、いろいろな心の「悩み」や「葛藤」、「違和感」などに対してお話を充分にお聴きし、共に見つめ、整理しながらカウンセリングを進めていきます。
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理論と実践(臨床)をつなぐ感性
私は身体のことに対する医学的処置と、心の問題(課題)に対する臨床心理士の取り組みを対比させてクライエントに伝えることをよくしますし、私自身の思考の中でも、置き換えて考えるとどうなるかということを、よくします。

医学でもイメージによく使うのは外科の領域がおおいかな。

理論を学習することは、手術で使う道具をそろえていくことだと思いますし、日々研鑽を重ねていくことは、その道具を常に良い状態で使用できるようにメンテナンスすることのように思います。


現場の臨床、つまり面接場面は手術の本番です。


しかし、毎回が手術というわけではなく、どこをどのように処置していけばいいかを、時間をかけてみていくという側面が大半です。
そして、クライエントからの何らかのゴーサインが出た時にメスを入れる場合もありますし、いろいろなクライエントへの質問、情報収集から、ほぼ間違いなく、ここにメスを入れてもいいだろうとの推測がたてば、流れの中で執刀にいたることもあります。

盲腸の手術もあれば、心臓や脳などの難事な手術まで様々です。
こちらが執刀するまでもなく、痛いのに自分で執刀して、膿まで出して来た人には、消毒して縫ってあげるだけで、大感謝されたりもします。

自分は今、どのあたりの手術までこなせるのか、知らなければなりませんし、心理を扱うのも同じことだと思っています。


理論を学び、メスを磨き、切れ味抜群で、てんで的外れなところにメスを入れたら、それは大変なことです。


我々は心に分け入るメスを、持っていると思うのです。


だから、治せる(役に立てる)のです。


クライエントの状態をいい方向に持っていくために役に立つ理論と、実際のクライエントをつなげる間の物は何かといえば、それはセラピスト(臨床心理士)の感性(そのことを伝える技術も含めた)に他ならないと思うのです。

その感性が機能しないと、いくら理論を知っていてもつながらないだろうと。

盲腸になれば、手術して取ってもらうと治る、と素人でも知っています。
しかし、この状態が盲腸であると判断して、それに対してしかるべき処置を出来る専門家が医師なわけです。

医師でも、これは盲腸だということが判断できず、ただの腹痛ですねとしていると、適切な仕事にはなっていないことになります。


この辺で止めておかないと、自分で自分の首を絞めていくことが感じられてきました。 (笑)



あくまで、自戒をこめての文章であります。



まして、同業者にメス(牙)を向ける物ではさらさらありません。 (笑)



はい。  (笑)








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