ひなぎく心理ルームでは臨床心理学の立場から、いろいろな心の「悩み」や「葛藤」、「違和感」などに対してお話を充分にお聴きし、共に見つめ、整理しながらカウンセリングを進めていきます。
やり取り

昨日、今日、京都は暑すぎます。

昨年の猛暑を思い出し、苦しくなるのは私だけでしょうか。

いやはや、大変です。

そんな暑さの中、さわやかなやり取りにこころが涼やかになることあり、

(笑)アップの運びとなりました。

 

私はお抹茶が好きで自宅でよくいただくのですが、

お抹茶の購入先はまちまちでした。

しかし今年に入って、近隣地域にある小さなお茶屋さんを発見し、

主たる購入先がこのお店に決まりました。

きっかけは、ショーウインドーの茶筅が目に入り、

お尋ね目的でお店に立ち寄ったことでした。

60代位の店主と思われる方が丁寧に対応してくださり、

お抹茶もそのお店で袋詰めされてる様だったので、その丁寧な対応への感謝も込め、

茶筅の購入はなしでしたが、5種類あるお抹茶の真ん中のものを頂いて帰りました。

店主曰く、日常的に飲まれるなら、一番下のランクでも充分との説明だったのですが、

優柔不断で決めかねた私は、5種類であったのを幸いに真ん中を選んだ次第でした。

 

なんのなんの、そのお抹茶はとてもおいしく、私は、下でも行ける!と思い、

一番下のランクから上まで順番に購入しよう!という、楽しみな決意をしました。

一番上にいけば、また初心(笑、なんの初心かは不明)に帰し、下のランクを購入し、上から下への移行に伴う、風味の違いを私はどう感じるのか…なんてことも楽しみにしょうと。

 

次にお店に行った私は、店主に楽しい決意も伝えて、一番リーズナブルなものを購入。

言われていた通り、充分頂けます。

缶や袋で30グラム千円くらいで購入してきたものと同程度のおいしさがあります。

ちなみにこのお茶屋さんの5種類のお値段の幅は、30グラムで500円〜1200円(税抜き)位だったかと思います。

お値段も決して高くありません。

 

そして3回目にお店に立ち寄った際、撫子の絵が愛らしい夏茶碗が、私の目に留まり、

浅めの夏茶碗は持っていなかったので、お抹茶と共に購入しました。

 

夏茶碗を洗浄し、乾いたのを確認して、購入してきたお抹茶を頂きます。

「うん?」

風味が良くない・・・、それに今までにはあまりなかったお抹茶の小さな玉もあったなぁ・・・、

お抹茶が湿気ているということか?と、思います。

次の日、その次の日、・・・

「ふぅん、段々おいしい、湿気が抜けたということか?夏茶碗の加減だったのか?」

「これは、次の来店で店主のお耳に入れるべきか否か・・・」

 

お抹茶を頂くことがあり、少し間が空き、本日が4回目の来店。

はじめてお目にかかる女性の方が出てこられました。

お顔が店主に似ているのが分かり、娘さんかと思いながら、

次のランク(初めに購入したもの)を頂きたいと告げます。

そして、気が付けば私は、上記のことをことばにし始めました。

決して、苦情ではなく(うん?苦情か?)、いや、苦情ではなく、

それはどこで判断するの? その伝え方の物腰と言葉遣い? かな? かな?。

 

その女性は、すぐに小さな声で

「あっ、それはお父さんに言わないと」と、つぶやかれ、

「お父さん!おとうさん!」と室内に向かって声をかけられます。

わあ、大事にするつもりもないし・・・どうしよう、と私まで慌てます。

 

すぐに店主が出てこられ、男女の差こそあれ、

売り二つの可愛らしい顔立ちに私は親子を確信します。それはいいのですが。

 

「あっ、すみません、この前の・・・(説明)」

「湿気?湿気?」戸惑われます…が、丁寧な物腰です。

 

「それでしたら、その玉、ピリングは・・・(云々)」丁寧な説明をされます。

「湿気であれば、お茶が痛んで色が変わりますが・・・」

「いえ、段々おいしく戻ったので、色が違ったということもありません」

「あっ」と、わたし。

「であれば、夏茶碗を購入させていただいたので、洗浄したもののそのお茶碗の加減だったかも」と伝え、

話しながら確信に近づいた私は、

「ごめんなさい、素人なもので、それまでに頂いたお抹茶に玉がほとんどなかったので、

新しいお茶椀の加減で風味が損なわれたことと、お抹茶の玉を、湿気という理解で結んでしまったかもです」

「いえいえ、言って頂いてこちらも勉強になりますし、ありがとうございました」

娘さん「すごく敏感にわかられるのですね」

「そう、多分そうなんです、なので、ここのお抹茶が美味しいと思うのです」と私。

幸い、私の方も苦情をいうつもりの物腰ではなかったので、大きくバツを悪くすることもなくお店を後にというとき、

ちょっと、ちょっと、と、ご主人が一瞬奥に入られます。

「『千代の栄』(お抹茶の名前)でしたね」、にっこり笑顔と共にポン!と机におかれます。

「えっ?」と、わたし。

娘さんが購入したお抹茶と共に、ふたつを袋に入れられます。

 

「そんなつもりではなかったですが・・・」

「どうぞ、どうぞ、言っていただいてありがとうございました」

 

「そうですか・・」 おばさんは頂きます。(笑)(笑)

「では遠慮なくいただきます。ありがとうございます、すみません」

 

「いえいえ、こちらこそありがとうございました!」と、

お二人のさわやかな声にしばし暑さを忘れました。

 

かっこよかったお茶屋さん親子との、やり取りのお話でした。

 

お抹茶貰った。(笑)

そのこと以上に、プロとしてのお茶屋さんの物腰と、

気持ちがとても嬉しかった私です。

 

急な暑さに、皆さまも体調崩されませんよう、くれぐれもご自愛ください。

いつもお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

| 昨今の私 | 12:26 | comments(0) | trackbacks(0)
日本心理臨床学会2019年第38回大会

まずもってのお知らせですが、私は残念ながら参加しません。

参加しないことが、わぁ残念となりましたので、アップの運びとなりました。

 

今年度の日本心理臨床学会は、6月6日(木)〜9日(日)にかけて開催されます。

会場はパシフィコ横浜です。

 

わぁ、残念となりましたのは、会員企画シンポジウムで、

昨年の日本精神分析学会で司会の労をお取りいただきました、

祖父江典人先生が企画、登壇され、

指定討論に松木邦裕先生が登壇されるものを発見した故です。

話題提供をされる先生があと2名おられるので、時間的に考えてぎゅっと濃縮された内容になるかと思いますが、私が、とても興味を持つ内容です。

会員は発表論文集の電子書籍版を閲覧できるようなので、

時間を見つけて勉強したいと思います。

 

私事になりますが、今年の日本精神分析学会での発表が叶えば、

(叶わなくてもとなるかもしれませんが)

さらに力をつけるべく論文の作成に着手できればと思っています。

しかしながら、採択されるか否かは毎年、本当に緊張します。

嫌だな〜〜と、思います。

いつも、その時の私の最大限ではありますが、何事も失敗ばかりで、

それでも、七転び八起きの人生となっているように思います。

 

日本精神分析学会での採択の可否で言えば、研修症例は採択されたものの、

私の書き方がダメで3年連続の不採択、その後、師の論文指導のお陰様で採択が叶い、昨年は自力で一部修正採択、今年は…というところです。

つまり、今、七転び七起きなので、八起きになるのか否か・・・。

緊張します。

ただ、八起きにはいずれなることではあります。

 

何故なら、精神分析的心理療法の魅力と、その真の何たるかをご教示くださる師への敬愛の念がつきないので、歩みが止まることは無いと思う故です。

あとは、ちゃんと表現できる能力を私がつけていくことにつきます。

 

知識に埋もれることができない(その能力はない)私なので、よくも悪くもマイペースではありますが、じっくり自身の臨床を見つめていきたいと思います。

 

お題から、相当それての着地ですが、ご了承くださいませ。

 

それではこれにて、失礼いたします。

お立ち寄りいただきありがとうございます。

| 臨床心理士 | 15:53 | comments(0) | trackbacks(0)
こどもの日

私はこどもが大好きで、それは私が幼少の頃から一貫しています。

私の記憶では私が小学校に入るか入らないかという頃から、

核家族で暮らすお母さんの小さな赤ちゃんと、お母さんが買い物に行く間、

そのおうちの中で、二人でお留守番したものでした。

それは私が中学生になるころまで、何カ所のお宅にも及びました。

 

今から思えば、私はお母さんから絶大な信頼を得ていたのだと分かります。

その時は、ただ可愛い赤ちゃんと過ごす時間が楽しかったことを思い出します。

何を思い出すがといえば、その眼(まなこ)です。

透き通った真っすぐな眼の奥で動く気持ちに思いを馳せることが楽しい私でした。

 

今でもすれ違うこどもの眼と交流することがあります。

最近も印象的な出会いがありました。

 

向こうからバギーに乗った子が、ご両親と3人でやってきます。

そのご両親のいで立ちから、遠目にも日本の方ではないのが分かります。

お母さんは綺麗な民族衣装をまとい、東南アジアの方かなぁと思います。

 

少し距離が近くなり、2歳半くらいの男の子と分かります。

 

子どもとはいえ、当たり前のことですがそれぞれに人格もあり、

その時の気分もあることです。

目が合うということもいつものことでは決してなく、

私は子どもが好きなので、私の方は視線をほぼ向けますが、

視線が合うことの方が少ないものです。

 

その子は、くりくりのお眼目で、私の目を捉えます。

その澄み具合に、私は釘付けになります。

 

すれ違うその瞬間、

その男の子の凜と引き締まった口角が最大限に持ち上がり、

顔半分を占める(日本人には表現不可のもの(笑))

笑顔を見せてくれました。

私は、とても感動して、

「わ〜〜、可愛すぎる、それに、国境を超えた・・・」

「国境を・・私は超えたよ・・・」と、

あげく、意味不明な感動が混ざり込むありさまでした。

 

さらにいうと、私はその時、マスクをしていて、

彼からは私の目しか見えていないにも関わらず、惜しげもない笑顔でした。

きっと彼には、その瞬間の私の目から、愛情を感じ、それに応えたに違いありません。

今、「おしい」を広辞苑で引くと、〔惜しい・愛しい〕との記載。

「惜しげもなく」という表現の中に愛しさがあるのですね。発見。

 

私は、こどもに対峙する時、どれくらい気持ちが動いているのか否かに注目します。

それは私にとって、非常に重要なもので、そのことを親御さんにお伝えし、

それが、親御さんの感覚と合致し、安堵していただくこと数知れず、と言える程、

わが子にされた不用意な発言に傷つく親御さんのこころに何度も出会ってきました。

大好きな子どもを支えるために、親御さんを支えたいことです。

 

こどもの日にちなんで、こどもにまつわること、記載しました。

それでは、これにて失礼いたします。

お立ち寄りいただき、ありがとうございます。

 

あっ、八大神社の子ども神輿の御囃子が聞こえてきました。(笑顔)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 私の思考 | 14:10 | comments(2) | trackbacks(0)
平成最後の桜

今週の月曜日は快晴で、その後はとても寒くなったり雨だったり。

そして今日はまた快晴です。

この間、幾度となく桜を目にすることができました。

川端通り沿い(高野川・鴨川沿い)の桜は本当に見事です。

 

今年の桜は、剪定が施されている加減か、色がとても濃く感じられます。

綺麗です。

日中のうす曇りを通った太陽が、さくら色を輝かせ、

夕日はそれ以上に、桜をあでやかなさくら色に染め上げてくれます。

偶然、その桜並木の中に、同じソメイヨシノなのに色白の子がいて、

さくら色の見比べもできました。

 

毎年4月になり綺麗な桜を見ると今年も頑張ろうと思えます。

桜を見ると悲しいことを思い出す方もおられることと思います。

さくらは私たちのこころにその時の風景や心像と共にあるようです。

 

今年の桜も綺麗です。

桜さんからも英気を得て、仕事に研鑽に邁進してまいります。

 

寒暖差がありますので体調など崩されませんよう、

皆さまもどうぞお身体大切になさってください。

 

お立ち寄りいただきありがとうございます。

 

 

| 昨今の私 | 17:16 | comments(0) | trackbacks(0)
里親カウンセリング

4月になり今年度が始まりました。

 

沿道でポツリと目にする桜が見事です。

今年は幾分、開花に時間差が見られるようです。

ひなぎく心理ルーム周辺の桜は、少し前に満開のところと、

川端通り沿いの桜並木は今日あたり満開に近くなっているのではないかと思います。

折を見て数日中に愛でたいと思います。

 

今年度、助成金の有無にかかっていた里親カウンセリングの依頼を正式に受けました。

詳細はこれからですが、福岡を経由して泊りでの仕事となり楽しみでもあります。

以前に寄せてもらった折は、私が勉強会に福岡まで行った翌日の祝日を利用しました。

交通費や宿泊代、講師料とカウンセリング料を支払う為に申請された助成金が通ったことです。

 

助成金は、公益財団法人キリン福祉財団のものだそうです。

毎年申請を受け付けて支給が決まるようです。

当ルームでも「里親さんの相談」を受ける広報をしたことですが、

やや遠方ですが、ご縁があったので期待に応えていきたいと思っています。

 

繊細かつしなやかで忍耐をもつ仕事を大切にしながら、

これから訪れる令和元年の時を楽しみにしています。

 

さくら、さくら、さくら。(笑顔)

 

お立ち寄りいただきありがとうございます。

今年度もどうぞよろしくお願い申し上げます。

| ひなぎくのこと | 12:13 | comments(0) | trackbacks(0)
懐かしい顔

日曜日、精神分析研究会・神戸のオープンセミナーに参加しました。

 

講師であった松木先生のご自身の臨床活動に裏打ちされたコメントは、

私にとって筆舌に尽くし難いほど有り難いものでした。

(「筆舌に尽くし難い」をより明確化するため更新します(笑))

ずっと抱えていた疑問がいくつか解けました。

前概念が概念化されたといえます。

感謝の念にみたされます。

と同時に、

私自身の考えをまとめることに向けていた意識に内容が浮かび上がったようでもあります。

私は着想が日々更新するような人なので、浮遊しているものがこれ!と纏るには、

こころを合わせて学ぶことの重要性を改めて感じる機会ともなりました。

昨日アップして、今朝(3月18日)夢をみました。

男の子が取り上げられました。その場面のみが残る夢でした。

「精神分析的子ども」なのではと連想します。

そうかどうかは、これからの私の頑張り次第ともいえるかもしれません。

(すみません。「更新」でつけたしが多くなりました。)

 

帰路、三ノ宮駅。

私の目はしばし一点を見つめます。

そしてマスクを外しながら

「お久しぶりです〜」

「いや〜〜」と、満面の笑みで返されます。

 

私は二十歳から20年間、財団法人関西カウンセリングセンターに在籍していました。

お会いしたのは、センターの相談室でご一緒していた方でした。

 

同じ電車に乗り込むとすぐに、「ごめんね、あの子行かなかったでしょ」と、

紹介したクライエントが私のところに来なかったことを言われます。

もう何年も前のことで、私の脳裏には全くなく、なんと律儀なことかと頭が下がります。

その方は、ご主人を著明な航空機事故で亡くされた後も、精力的に心理臨床活動を続けられ、

喜寿となられた現在も忙しく飛び回られているとのこと。

 

「今日も○○で仕事だったのよ。岸田さんも?」

「いえ、私は勉強会で松木邦裕先生の講義に参加してきたんです」

松木先生に学んでいることを話します。

 

「頑張ってるんやね。昔からさっといろいろ分かって力あるから」

「そんなことは無いですが、○○さんも本当にお変わりないですね」

「少し小さくなられたのと綺麗な白髪になられた以外は変わりないです」

(あっ、私は矛盾したことを言っている…と内心おもうも、楽しく言葉が交わされます。)

「3センチちぢんだ」(笑)

昔から笑顔の絶えない方です。

改めて私の表情を眺められ言われます。

 

「元気そうやね」

「いや、もう幸せで、幸せで」

少しの間を置いて

「しんどかったもんな」と。

「はい」

「あなたの顔見てたら、嬉しくなってくるは、ホントに顔が全然違うよ」

「はい。ありがとうございます」

 

関西カウンセリングセンターではずっと最年少だったこともあり、

可愛がっていただきました。私は見守られていたんだと改めて思いました。

今も昔も。

 

感謝です。

感謝です。

| 昨今の私 | 11:28 | comments(0) | trackbacks(0)
3月になりました

はい。

3月になりましたね。(笑)

 

昨日、ブログの記事別アクセス数とやらをみると、

7年前にアップした「転移・逆転移・転移解釈について思うこと」が上位で、

読み返してみると、正確ではない表現があり修正した次第です。

 

それは、私が「精神分析」を受けてとの表現で、

精神分析は週4日以上のものを指し、私はそれ以下の頻度(週1回)でしたので、

表現に誤りあり、「精神分析家による個人分析」と修正した次第です。

精神分析家とは、日本で唯一の国際基準に則った訓練を経て与えられるものです。

詳しくは、当ブログのリンクにもありますので、

日本精神分析協会のHPを見ていただければと思います。

 

少し前のある研修会でも「精神分析」との言葉が使われていたものの、

どこまでどうなのか少し「?」で、私自身もしっかりした表現をこころがけないとと、

改めてこころするところです。

 

私はコンピューターに疎く、アクセスを拾う検索エンジンが云々と、

昔詳しい方に説明を受けた記憶があるのですが、その内容はもう頭になく、

単純にアクセスの多い日、少ない日と、認識するのみで、

昨日はとても多かったので、もしかしたら修正に反応していただいたことかと思い、

説明のための臨時アップと相成りました。

 

そして明日のぞく今日のアクセスが一桁、二桁なら、私はどう思うのでしょうか。

(笑)

と、春めいてきたので、気持ちがウキウキしているよいうな記載ともなりました。

 

いつもお立ち寄りいただきありがとうございます。

あっさりですが、それではこれにて失礼いたします。

| 昨今の私 | 15:39 | comments(0) | trackbacks(0)
2019年 春

昭和が終わり平成になった年も、

平成が終わり新たな年号となる今年も、

私にとって節目の年となりそうです。

 

それは、「はじまる」ことに象徴されます。

ふたつ始まることが決まっています。

ひとつは最も参加を望んでいた、

師の主宰する精神分析セミナーへの参加がはじまること。

もうひとつは、ある社会福祉法人で研修委員として個人SV担当に加え、

固定メンバーのグループ研修を毎月担当することです。

この活動は、私の一人目の師が長年されていた活動でもあります。

 

4月より尊敬する師のもとで毎月学べる環境が得られることをこの上なく喜んでいます。

 

社会福祉法人での活動は収益を寄付するのでボランティアですが、

グループを持つ経験は初めてなので、楽しみにしています。

この活動も「聴く」ことなので、私の学びにもなり、

内的には、1人目の師に倣っているのだろうと思います。

 

今までとは、違う世界が広がります。

緊張しています。(笑)

 

現在、俗に五十肩と呼ばれる状況ですが(この一年右肩のみにバックを持ったからかな)

緊張するようなことが始まるというのは何とも贅沢なことだと思います。

今は、子どものように、時の経つのがゆっくりで、

未だ2月、まだ2月か・・・と、思うことしばしば。

もうすぐ3月ですし、気が付けばあっという間に一年が過ぎることと思いますが。(笑)

つつましやかな五十肩なので(笑)、大きな不便はなく「ごめんね」と労いながら、

時の流れに回復をゆだねております。

 

それではこれにて、

お立ち寄りいただきありがとうございます。

 

| 私の歩み | 13:44 | comments(0) | trackbacks(0)
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